「読者」の責務

2月10日朝日新聞「be on Sunday」の@データに,図書館の貸し出し利用者数の推移のデータが載る。04年度は89年度の2.2倍だそうである。同記事で増えた理由として筑波大大学院図書館情報メディア研究科の薬袋秀樹教授があげた理由。1新しい図書館の増加。2各図書館のIT化を含む利用者サービスの向上。この記事を読んだあと,所用があって市の図書館に出かけた。私の住む東京都府中市は,昨年末に新図書館がオープンしたばかりだ。大国魂神社の境内にあった旧図書館の落ち着いた雰囲気が私は好きだったが,新図書館に初めて行ってみて,明るく広く高機能で洗練された新図書館の方が,確かに快適だし人々の支持も得られるだろうと納得した。図書の自動貸出機も設置され,受付で並ばなくても借りたい本が簡単に借りられる。市の広報に図書館利用者が急増したと誇らしげに載っていたのも納得である。

さて,朝日の上述の記事には,3番目の理由が示されている。

3所得の低下や経費削減などでの書籍購入の手控え。

つまり,本を買わずに図書館で借りてすませる人が増えているという分析である。

これを,次に示す「白蛇教異端審問」の桐野夏生の記述と結びつけて考えてみよう。

「本という商品が本屋に並ぶまでには,様々な人が関わっている。作家,編集者,校正者,装丁家,印刷会社。こうして出来上がった本は,取次を通して書店に配本される。書店で一冊売れたら,その売り上げを皆で分ける。小商いの世界である。ちなみに作家の取り分は十パーセント前後だ。なのに,近年,様子がおかしい。本が図書館と新古書店でくるくる巡っているだけで,いっかな売れないのである。作家はことごとく初版部数を落とし,経済的苦境に立つ者も多い。」(「白蛇教異端審問」p.39)

図書館の利用者が増える一方で,職業作家の新刊本の売れ行きが落ちる。私がイメージするのは,自分の足を喰らう蛸である。職業作家という職業が成立しなくなれば,作者が消滅すれば,読者もまた消滅する。

「読者」諸兄。

新刊本はできるだけ書店で購入しましょう。作家の生活を支えているんだという誇りと献身の愉悦とともに購入しましょう。「小説」という小商いの世界は,現行の経済システムにおいてはわれわれ「読者」が新刊書を購入することによってのみ成り立っています。だからこそ,正当な権利の意識をもって,作品を評することができる。つまらない作品にも退場を迫ることができる。

ネットで時々,図書館で借りた新刊書を片っ端から批判的に紹介しているサイトを見かけます。その批判は実に多くの場合,読書力の不足による頓珍漢なものであり,醜悪です。批判の為の言葉だけを覚えて,それを得意げに振り回しているに過ぎない。しかし,その行為が新刊書の売れ行きに多少なりとも影響するとなれば,醜悪を超えて営業妨害という名の犯罪行為です。

「読者」諸兄。そうでなくとも小説という「小商い」の世界は,次々と登場する新たな娯楽や人口の減少によって確実に斜陽産業です。
その斜陽を少しでもくい止めることができるのは,われわれ「読者」だけだと思いませんか。