『オシムの言葉』文庫版

オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える (集英社文庫)

オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える (集英社文庫)

木村元彦オシムの言葉』は,2005年に出版され,『ミズノスポーツライター賞最優秀賞』を受賞したスポーツノンフィクションの傑作。第52回青少年読書感想文コンクールの課題図書ともなった。タイトルから語録で知られるオシム前日本代表監督(出版時にはジェフ千葉監督だった)のお言葉集,ないしはサッカー戦術論の書と誤解されることも多い。実際はオシムの評伝であるとともに,サッカーからユーゴスラヴィア解体の真実に迫ろうと徹底した現場取材を重ねたジャーナリスト木村元彦の,ユーゴサッカー3部作の3作目にあたる。前2作は,『誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡』,『悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記』。3作を通じ,ユーゴスラヴィア紛争の理不尽さと,それに翻弄されながらも,人間としての尊厳を失うまいと抗し続けた人々の生き様が描かれ,国家とは何か,戦争とは何か,民族主義とは何か,現代社会において人はいかに生きるべきなのかといった,普通,言葉にしてしまうと恥ずかしいような大きなテーマを,ごく自然に考えさせられる。このたび,オシムが急性脳梗塞に倒れる場面から始まる第10章「それでも日本サッカーのために」を加え,文庫化された。

追加された第10章は,文庫版のページ数にして僅か45ページ。そのなかで,川口,橋本,阿部,中村憲剛中村俊輔といった日本代表選手や,代表には選ばれなかったがオシムを見舞った宮本恒靖の証言から,オシムの日本代表が,どのようなコンセプトでどのようなサッカーを目指し,それがどのような段階に達しつつあったのかを浮き彫りにし,さらに,セルビアからの独立を宣言したばかりのコソヴォに取材して,そこで当事者のコソヴォサッカー協会会長に多民族共存の理想を実現していた旧ユーゴのオシム代表チームの魅力を語らせるという離れ業をやってのける。この10章のためだけにいったいどれだけの労力がつぎ込まれたのかに思い至ると,瞠目せざるをえない。

ハードカバーで持っている人も(私は2冊買ったが),この文庫版は買いである。