クラカチット

クラカチット

クラカチット

1920年代に核兵器の出現を予言した小説,というのが,まずこの小説について最初に語られる点だろう。オビにも「核爆弾をめぐる愛と冒険の物語」とある。
作者チャペックは,一般には「ロボット」という言葉を発明した小説家(もっともチャペックの「ロボット」は有機体の人造人間であるが)として知られており,そこから導かれる作者のイメージはSFのS(サイエンス)に比重がかかった作家となるのではないだろうか。
しかし,私にとって読後感がもっとも似通っていた作品は,奇想小説として知られるチェスタトンの「木曜日の男」であり,次いでヴォネガットの『猫のゆりかご』だった。確かチャペックはチェスタトンを尊敬していたはずで,ひょっとすると直接的な影響があるのかもしれない。
早すぎた晩年の傑作『山椒魚戦争』の落ち着いた筆致ともまた異なり,『クラカチット』は,主人公を初め戯画化され誇張された人物たちの異常な行動と,主人公の神経衰弱がもたらす妄想と悪夢の連続的な描写によって衝動的に進行し,現実と幻想の境も曖昧になって,最後には悪魔と神と人間存在をめぐる考察に至る。
つまり『クラカチット』は,19世紀写実主義文学へのアンチテーゼとして生まれた20世紀幻想文学ないしは現代文学の系譜に正統に位置づけられるべき作品なのであり,そう意識して読めばスリリングな読書体験を約束してくれる傑作である。あるのだが,出来合いのチャッペックのイメージやオビの宣伝文句に誘導され,単純な科学冒険小説と信じて読み始めると面食らうこと請け合いで振り落とされてしまう人も出てくるかもしれない。で,そういう人が「わからない」と言って怒るわけだ。

わからなくても全然かまわないんだけどね。